お久しぶりです。カビゴンです。
いきなり私事&本題と関係ない話ですみませんが、私カビゴンは、あと9日で浪人生卒業です。
振り返れば長い長い一年でした。
勉強に縛られたつまらない日々でした。
人々に後ろ指を指され、この世で最も嫌いなものと日々向き合う、恐らく自分の人生で一番クソな一年でした。それがようやく終わるんです。嬉しいこと限りないですな!
で、これからの予定としては、
1.ポケモンUSUMやる
2.ポーカー再開
3.ブログの更新頻度増やす
4.HSの更なる高みを目指す
5.大学で友達作る
という感じで考えてます。なので、これからは多分ポケモンとポーカーの記事が増えると思います。(特にポーカー。日記みたいな形で頻繁に更新しようかな~と考えてます。)
という事なので、これからもよろしくお願いします!
前座が長くなりました。すみません。本題に入ります。
今回は、人に意見をするという事について書いていきます。
カビゴンは、この一年を通して、人間として学んだ事がいくつかあります。
その内の1つが、人に意見する事です。
皆さんも、他人に意見した事はありますよね?それで、意見を聞き入れて貰う事もあれば、反対や非難を受けて対立する事もあったと思います。
カビゴンもよくあります。例えば今から遡ること一年弱、カビゴンはツイッターで課金してる人々を非難する内容のツイートをして、少し炎上した事があります。ひょっとしたら、ツイッターから来てくれた方は覚えてるかも知れませんね。
実は、今はあの出来事を後悔してるんです。
あ、断っておきますが、自分が間違ったとは思っていません。今となっては、前よりむしろ強固に課金する事を快く思わない様になりました。そこんとこは勘違いしないで下さい。
じゃあ何を後悔してるのかというと、そもそもあんな事をツイートした事です。
人は、一人一人異なった考えを持ちます。カビゴンの考えと、読者さんの考えは、必ず違いがあります。そして一人一人は、どんなこともその人の考えに添って行動します。だから行為は同じでも、それに対する考えは違ってくる事は多いです。
課金うんぬんだって同じこと。カビゴンからすれば金をドブに捨ててるような行為ですが、課金する人にとってはそれが幸せなんです。自分の考えに添った行動ですから。
カビゴンは、その相手の考え方というものに、足を突っ込みました。
これを例えるなら、人の家に勝手に上がり込んで部屋の様子や家の性能にケチ付けるようなものです。そりゃ誰だって怒りますよね。無礼も甚だしいわ!放っとけや!って。
同じ事です。考え方というプライベートな所を攻撃するなんて、相手が余程のひねくれ者でもない限りはしちゃダメです。でもカビゴンはそれをしてしまった。
今思えば、若気の至りだったなぁ って思います。でも、その事に気付くのにはかなり時間がかかりました。何故なら、多数決という考えが頭にこびりついてたからです。
多数決って、凄いパワーを持ってるんですよ。
本来、人々が論争とか意見交換とかする行為って、実は大きな穴があるんです。必ず自分の意見を相手に変えさせる事が出来なくなる方法があるんです。つまり議論に負けなくなる方法ですね。
それは、人によって考え方は違う と言い放つ事。
こう言われると論争はそこまでです。「あなたはあなたのその考えが善いと思っているが、私は私の考えが最善だと思っている。それ以上でもそれ以下でもなく、互いに互いの意見は変えられない」となるからです。だから議論における絶対安全カプセルなんです。人との交流を断つって意味でも…
(絶対安全カプセル:マザー3に出てくる装置。あらゆる物理衝撃に耐えられるが、一度入ると二度と出られない。世界滅亡直前、不老不死のポーキー君が命惜しさに出られない事を知らずに入ってしまい、敵ながら「うわ…」ってなる事で有名)
そして、変えられないなら議論してもしょうがないし、従ってどんな議論も進みません。つまり物事が進まないので進歩しません。人間はいつまでも石器時代です。
しかし、その絶対安全カプセルを唯一破る方法があるんです。そう、それが多数決。
「あなたが否と考えていても、世間一般は私の考えが善いと考えているのだから、多くの人々の幸せの為に、私の意見は採用されるべきである」と、ベンサムの最大多数の最大幸福を振りかざせば良いわけです。ベンサムの理論も多数の支持によって裏打ちされてるので、相手はその理論の応用を拒否出来ません。これが多数決が強い理由です。
で、何でこんな長々と多数決の話をしたかと言うと、カビゴンも課金する事を非難したときに、多数決をよりどころにして非難したからです。つまり、「一般の人々はこんな事してないだろ!それはその行為に非があるからだ!よってそのような行為は慎むべき!」という考えだったんですね。
しかし、また家の例で言うならば、「普通の家は西洋チックなのにこの家は東南アジアがベースだ!お前はおかしい!」と言っても、は?好きにさせろや。って話ですよね。
そう、この議論に多数決を持ち込んでも、相手がよっぽどひねくれてなければ何の意味もないんです。何故なら、言われる相手にしか関係ない事だから。そんな所に世間一般はどーのこーの言っても「放っとけや」としかなりません。
この事に気付いた時、自分はバカだったな~ と反省しました。
多数決は便利で強いですが、使えない時もあるんです。
それ以来カビゴンは、人と言い合う時、人の考え方まで否定しにいってないか、また多数決を間違った形で使っていないか、こういう事を気にするようになりました。
皆さんも、これから先にたくさんの言い合いがあると思います。特に多数決の力を借りて臨む事も多いでしょう。
もしこの記事の事を覚えてたら、議論の前に少し確認して下さい。
相手のプライベートな部分を攻撃してないか
多数決を誤って使用してないか
そして、自分がもし間違ってた時に、それを受け入れられるか
カビゴンは、これらの事をしないが為に、信頼とか人間性とかが堕ちていった人間が周りに複数いますし、自分自身も危うくその内の一人になるところでした。しかもこれに気付いたのごく最近です。
それくらい、人に意見するってのは、かなり難しいし、恐ろしい事なのです。
以上で終わりです。長文になってしまいすみませんでしたm(__)m
ここまで長々と語りましたが、まとめて一言で言うならば
「人に意見する時は細心の注意を払ってね!」
って事です。はっきり言って当たり前です。でも自分が周りを見るに、それを出来てる人は本当に少ない。我が母上くらいじゃないかな?あと近所のインテリなおっちゃん。
これを意識すると、物事の見え方が変わる、かも知れません。
実際に自分では変わったと思ってますよ!
ということで、この記事が何かの役に立つといいな~ と思いつつ、今回はここまでです。読んで頂きありがとうございました!
~すぺしゃる さんくす~
・我が母上
人に意見する事について教えてくれました
・友達のハリテヤマ
多数決とは何かを意識したのはこいつと話したのがきっかけ
・一年前ツイッターで自分とケンカした人
あんたがいなければこの記事成立してないからな。
でも課金には相変わらず反対やからな。勘違いするなよ。